メガネの備忘録

文豪の人間関係にときめいたり、男色文化を調べたり、古典の美少年を探したりまったりワーク。あくまで素人が備忘録で運用してるブログなので、独断と偏見に満ちており、読んだ人と解釈などが異なると責任持てませんので、転載はご遠慮ください

季刊男色 軍隊ソドミア小説選

(なんとなく期間限定で公開することにしました。たぶん突然消えます)

 

この本では、軍隊における同性愛を扱いますが、
戦争を美化する意図は毛頭ありません


まえがき


日本軍隊をテーマにしたBLは私が学生だった二十数年前、ほとんどみあたらず(仮想軍隊物はあった)、大竹直子先生の陸軍士官学校を舞台にした『白の無言』シリーズをひたすら愛読していた記憶がある。
後年、叶誠人氏の『軍隊と男色』(現在はKindleで入手が可能)を読む機会があり、アングラ雑誌「奇譚クラブ」のなかにあふれんばかりの軍隊ソドミア(軍隊内部におけるホモセクシャルな関係や行為)事情があふれていたことを知った。
また、ソドミア小説を集める日々の中で、1970年代以前の薔薇族や風俗奇譚に、フィクション・ノンフィクションの軍隊ソドミア小説が存在したので、現在複写などで入手可能な作品を主に紹介していこうと思う。

メガネ

 

芦立鋭吉 
想い交わしたその人が生き抜けと言ったから
炎帝廟」

『風俗奇譚』昭和36年5月号~9月号に全5話で掲載されたSMテイストあふれる軍隊ソドミア小説。
時は昭和13年。舞台は北支山麓にある匪賊・黄旗団の本拠地〝炎帝廟〟。
黄旗団を調べるために斥候に出ていた槇上等兵と風早四郎中尉は乱闘の末、槇上等兵は敵の手から逃れるも、風早中尉は黄旗団に囚われる。
所持していた軍事機密の暗号を吐かせるために、黄旗団の面々は風早中尉の心身に想像に絶する責め苦を加える。しかし、風早中尉はどんな拷問にも屈せず、色仕掛けにも耐え、精神的凌辱に心が折れて舌を噛み切って死のうと思っても、自身の(男色的)兄貴である榊少佐の「どんなことがあっても生き抜くのだ」という言葉を支えに、耐え忍び生きていた。
一方その頃、風早中尉を置き去りにしたことを悔やむ槇上等兵は一刻も早い救助を榊少佐に願っていた。しかし榊少佐はすぐには動かず時期を見ていた。槇上等兵は日本軍人らしく風早中尉が自決を選んでからでは遅いとやきもきしていたが、榊少佐は、風早中尉と「何があっても生きる」約束をしているから大丈夫だと諭す。
続く責め苦の数々、体にされた〝醜虜〟という入れ墨。耐えに耐えた風早中尉の心が千々に砕けそうになった頃、味方の救助が炎帝廟に到着した。
廟門に裸で磔にされていた風早中尉は、しかし救助されることなく、味方の放った――しかも放ったのは風早中尉の慕う榊少佐であった――銃弾に撃ち抜かれ死亡する。
救出が間に合わず、槇上等兵は嘆き悲しみ、部隊長である榊少佐を責め立てた。それを制したのは、作戦に参加した小早川少尉だった。彼は風早中尉を「あにき」のように慕っていたと告白し、一番つらいのは榊少佐なのだと槇上等兵に告げる。
風早中尉は荼毘に付され、遺骨は榊少佐が持ち帰った。
なお、「炎帝廟」の外伝(前後日譚)「桜島 榊少佐の回想」(『風俗奇譚』昭和37年1・2月号)によれば、榊少佐は終戦後、郷里・鹿児島の桜島が見える場所に家を借り、下男と暮らしていた。軍人として死を選ばなかったのは、風早と「どんなことがあっても生き抜く」約束をしたためだった。
丘の上に榊と風早の名を刻んだ墓碑を立て、日参する。時折、風早の名を呼ぶ榊を奇人のように周囲の人は見ていたが榊は気にしていなかった。
風早を「あにき」と慕っていた小早川は終戦後、割腹自殺した。槇がどうなったのかは記載がない。
榊は大戦中の記録を書き綴っていて、その中で、風早と過ごした日々を思い返す。
語られる前日譚。学者肌の榊中尉と風早少尉はそりが合わないと思っていたが、やがて学者肌で自分に持っていないものを持つ榊中尉に、風早少尉が惹かれるようになり、榊中尉も男色的な意味合いで風早少尉を想うようになる。
出征前に桜島が見える温泉で男色的な義兄弟となり、今宵だけの命だから、榊中尉の全部が欲しいという風早少尉と榊中尉は体を交わす。その時榊中尉は「風早、命を大切にしてくれ、おれのために……」と告げるのだった。

【評】
軍隊ソドミア作品を収集する中で、これはどうですかとお勧めいただいたのが、この「炎帝廟」と「朱金昭」だった。ともに『さぶ 1991年2月号』において、田亀源五郎氏の秀逸なイラストによって彩られた名場面紹介は、心を強く動かす妖しいものを秘めていた。
屈辱的な生より潔い死を高潔とする、日本軍人の心意気とは逆に、(男色的)義兄弟の契りを交わした兄分(榊)の「自分のために生きてほしい」という言葉を胸に、主人公・風早中尉はどんな責め苦にも耐え、愛する人の銃撃で最期を迎える。センセーショナルなソドミア小説である。
なお、榊少佐と風早中尉の肉体関係は、彼らが中尉と少尉であったころの一度きりと考えられ(外伝による)、二人はプラトニックであり、また拷問を行う黄旗団も下半身に対する責め苦は行うが、強姦などはなく(意外である)、男性同士の性描写はほとんどない(SMが主体の雑誌に掲載されたからか)。ゆえに、精神的な同性愛の描写がより美しく際立つ。
榊少佐が放った銃弾で、風早中尉は死ぬ。地下牢に残されていた「死生命あり」「皇国万歳」「榊 隆之」という風早中尉の言葉に込められた万感の思いはいかばかりか。
榊少佐という最愛の人の銃弾で斃れたのが、せめてもの救いであったかもしれない。
なお、最終回ラスト付近で、榊少佐・風早中尉のカップリング(という言い方が正しいかどうか不明だが)のほかに、ひそかに風早中尉をあにきとして慕っていた小早川少尉(終戦時自決)や風早中尉のことを四六時中案じていた槇上等兵の存在が触れられていて、彼らそれぞれと風早中尉とのエピソードが残っていないのが、誠に残念である。
なお、榊が桜島に作った墓は、某歌人で国文学者の父子墓のオマージュではないかと推測する。

芦立鋭吉その他軍隊ソドミア小説


憲兵狩り」(『風俗奇譚』昭和35年11月号)
中国に出征した憲兵の勝股中尉は部下が行う残虐な地元民への拷問を苦々しく思っていた。ある日、日本軍への鬱憤がたまった地元民が暴徒と化し、日本人住宅などを焼き討ちにする。救援に向かった勝股中尉は秘密結社〝潜竜団〟に捕らえられ、裸に剥かれ、ありとあらゆる拷問を受ける。勝股中尉を救出しにきた牧上等兵も捕まり、二人とも公衆の面前で責められる。牧が勝股を救えなかったことを詫びる。勝股は帝国軍人がこんなあさましい姿で果てることにはらわたが煮えくりかえっていた。
牧は自身も残念でならないと言いながら、勝股とともに死ねること本望だと告白。おしゃべりが過ぎたので、潜竜団の楊九が怒り、シックスナインの姿勢で、牧は勝股の、勝股は牧の性器を口にくわえさせられ、二人はそのまま丸太のように転がされた。息も絶え絶えになる二人。潜竜団の劉は青竜刀を勝股の腰のあたりで斬り下げ、鮮血が散った。人々は目をつぶりその赤さを見ることはなった。
過酷な責め苦のシーンで、ちゃっかり告白する牧上等兵と勝股中尉のプラトニック(?)ソドミアである。

「赤褌斬り込み隊」(『風俗奇譚』昭和36年3月号 )
昭和18年5月、アッツ島。山崎部隊長の配下の篁中尉は、「皇軍として汚名残さぬよう善処されたし」という命令を受け、残った部下を引き連れ、服は赤褌一丁、武器は日本刀のみ(無謀すぎる…)でアメリカ軍に特攻する。
部下は次々と銃弾に倒れ、篁中尉一人が残り、アメリカ軍に捕まってしまう。軍事機密を漏らさず、死を願う篁。赤褌姿で最後の突撃をした篁に敵であるハワード大佐は心を打たれ、拷問を止めさせ、サムライらしい切腹を許した。
篁は腹十文字の見事な切腹を遂げる。
部下たちがけなげに隊長(篁)に命を捧げ、隊長を慕い、隊長と一緒に死ねるなら男と生まれて本望であると告白するシーンにグッとくるプラトニック軍隊ソドミアである。

「汚名」(『風俗奇譚』昭和36年8月増刊号)
インテリでロシア人にロシア語を習いに行くような教養高い男鹿中尉は軍の中では異質で変人扱いされていた。その従卒になった間(はざま)一等兵は、男鹿に傾倒していく。
ある日、スパイ容疑をかけられた男鹿は話せばわかると憲兵隊に行ったが、罪は晴れることなくむしろ汚名をきせられ、拷問の日々が続く。間が必死に無罪を訴えるも両人とも拷問される始末。
間が解放された3日後、男鹿は割腹自殺をしたという。間は男鹿を陥れた大佐を恨み、刺そうとし、収賄問題を口走るので、陸軍刑務所に送られる。
終戦後、間が大佐らに復讐しようとするも、彼らはすでに死んでいた。間は男鹿の故郷に男鹿の墓を建て、死ぬことも考えたが、男鹿の墓の近くの温泉宿の従業員として静かに暮らすことを選んだ。胸に男鹿のおもかげがあるうちは、それを大切に生きようと。
間の一途な思いがせつないソドミアである。
なおこの作品は、1880年に、フランス・パリに起こった事件で、ユダヤ人のドレフュス大尉という一将校が、スパイの嫌疑によって悪魔島に流刑されて十数年過ごしたのを、文豪エミール・ゾラの弁論によって無罪が明らかになり赦放された事件をオマージュしたものである。

 

江口良一 
――そんなにお前は俺が好きか
「一兵士の告白」

薔薇族』34号(1975年11月号)掲載の、軍医と一兵士の一夜のロマンスを描いた軍隊ソドミア小説。
昭和16年、中国地方のK市に召集された谷は、衛生講話・講師の荒井軍医中尉の軍人らしい男らしさに心惹かれる。
毎月恒例の月例身体検査の最後に性器と肛門の検査が行われる(M検)。その時の検査医はあの荒井軍医だった。検査時、谷は荒井軍医の手に射精してしまう。その後も谷は荒井軍医に焦がれ、荒井軍医の褌を洗う機会に興奮を覚える。
谷は慰安所にもいかず、荒井軍医を思い続ける。久しぶりの月例身体検査時、荒井軍医の検査が長く続けば良いと願った。
夏の行軍で日射病になり谷は倒れる。夜、医務室で目を覚ますと、褌一丁の荒井軍医がいた。
自分の恋心を告げる谷。荒井軍医は、なんとなく谷の思いに気づいていたが内地では軍律が厳しくホモ気を抑えていたという。
そして北支で当番兵を稚児としていたこと、その当番兵が死んだこと、女性を抱こうとしたが男性に心惹かれることなどを教えてくれた。
谷が外地に行けば明日をもしれぬ命、最後の願いと荒井軍医の性器を吸うと、荒井軍医も「そんなにお前は俺が好きか」と、谷の性器を吸い返した。それを持って兄弟のしるし、そして一夜限りと二人は交わる。
6日後、谷は出征した。心のなかで荒井軍医に「中尉殿、有り難う。再び逢うことはないでしょう。お元気で!」と叫んでいた。

【評】
雑誌『薔薇族』を収集し始めて初めて読んだ、軍隊ソドミア小説。出征前の穏やかな雰囲気の中、M検からはじまる恋の自覚を見てしまい、ひたすらエモいとつぶやいてしまった(面はゆい少女漫画を読まされているような気分)。
荒井軍医が実は同性愛志向で、谷に覚悟があると知るまで、性行為に至らないのが紳士的ではある。しかも交わす前に「そんなにお前は俺が好きか」と聞いてくる。エモい。
6日後、出征した谷が「再び逢うことはないでしょう。お元気で!」と死を覚悟した言葉を心の中で叫んでいるのがただ切なく。物語の顛末として、終戦後、生きて再会してほしいと願わずにはおれない。

花田勇三 
――たった一回の契りが幾十回の戯れごとよりも、真心を分かちあえる
「素っ裸の鬼たち」

薔薇族』37号(1976年2月号)掲載の、軍隊ソドミア小説。翌号では好評価の感想が多く寄せられた。
鉄道連隊に入営した花田はM検や過酷な線路修復作業の訓練の日々を過ごしていた。初年兵へのいじめはひどく、花田が反抗的な立場をとって窮地に陥ると、戦友の新見一等兵が助けてくれた。ある時はこっそりアンパンを差し入れてくれた。入浴時に初年兵をいじめようと紛れ込んでいた二年兵に絡まれた時も新見が助ける。花田は新見に熱湯のような戦友愛を感じた。
ある外出日に花田は外出せず、褌を洗濯していた。いつも自分で処理するので普段は洗えない新見の褌も洗うことができた。途中トイレに行き、他の兵の自慰を手伝ったせいか性的感情に見舞われ、新見の褌の排出の痕と匂いに花田の情念が昂る。
何の予告もなしに、新見らの召集兵の召集解除が発令された次の日曜日、新見に誘われ花田は二人で外出する。雑木林を背にした草の上に座り、語り合う二人。新見がふと「男と契ったことはあるのか」と質問した。花田は召集前に関係があった大田機関士との交情を赤裸々に告白する。新見は花田を想っていたこと、花田の心と自身の心が同じで嬉しいと告げ、花田の裸のままの人間性が愛しいと言う。
二人はその場で手に手を取って、男の契りを交わし、互いの故郷に遊びに行くことを約束する。
新見との別れの日、花田は見送りに行った。そこで見たのは地蔵様のような柔和な新見の笑顔だった。


【評】
花田が窮地に立たされると庇う、ビンタも力を入れずするなど優しい気質の新見に花田でなくても惹かれる。
また、互いに告げずに思いあっていた二人の気持ちが結ばれる契りの儀式のシーンで
「今日の日がなくとも、永久に新見一等兵殿は私の戦友であると決めておりました。私は嬉しいのであります」
「たった一回の契りが、幾十回の戯れごとよりも、真心を分かちあえることができるのだ。花田。俺もうれしい」
という会話がすでにエモい。読者投稿で褒められる理由がわかる気がした。
戦地にいながら、まだ戦火に見舞われることのない日々の中での美しいソドミア作品。

 

志野三郎 
――ノンフィクション軍隊ソドミア巨編
「愛と死の果てに」
「戦場に花散りぬ 続・愛と死の果てに」

薔薇族』48号(1977年1月号)・49号(1977年2月号)掲載のノンフィクション軍隊ソドミア大巨編。
十四年兵として、レイテ島に赴任した志野上等兵が様々な部下とソドミア関係を築いていく。ある雨の日から始まり、本土へ帰る船に乗るまでの話である。なお戦争描写より、ソドミア描写が圧倒的に多く、志野上等兵が部下にモテモテで戦争小説ということをすっかり忘れてしまいそうになる。
関係を持った部下は以下の通り。
水谷修一」…ある雨の日、志野と裸で同衾する。志野のことを慕っている。
森岡純一」…慰安所に行く前に、前戯を教えると慰安所より志野に抱かれた方が気持ちいいという。
「大江夏男」…志野が心から愛した戦友。デング熱に侵される。志野に看病されて死ぬなら本望だという。
「竹林藤右門」…入院した野戦病院で出会う。志野に抱かれると、死んでもいいと告げる。志野が別れ際に渡した手紙を大切にする。「後編・戦場に花散りぬ」で戦死したことがわかる。
「加納幸」…作品の中で唯一誰からも愛される美貌と表現される。志野の浮気心に嫉妬する。ある日、半裸体の谷底の崖下に転落した姿で発見され、戦死。
「前川芳太郎」…入院先に訪ねてきて、性戯をする。志野に早く戻ってきてほしいという。
「上村年男」…毛布を共有するうちにセックスする。
「中里健一」…宴会の次の朝、同衾していた。
「揚本章」…志野と性的関係を持っている。部隊の炊事担当。
「西田実夫」…揚本と志野の関係を知っていて、志野に抱いてほしいと願う。
「中西正一」…食料を盗みに入ったところを志野に見とがめられ、そのまま裸に剥かれる。以後なにかと志野に親し気に接する。志野が船に乗って本土に帰る際も見送りに来て、情を交わす。志野に本土に帰る船上で「正一、死ぬなよ……」と願われる。
「上村年男」…マナリヤにかかったところを志野に看病されてほだされる。
「武内秋男」…志野が夢の中で抱いたが、現実でも手を出す。
「長崎」…竹林が好きで志野に嫉妬していたが、志野に出会い、惹かれ、竹林にしたように、自分を愛してくださいという。
「佐藤」…竹林の戦友。竹林の過去話の延長で、手を出す。

【評】
全員とセックスに及ばないながら、いったい何人と関係を持っているのだ…。となった作品。
今まで読んだ軍隊ソドミア小説の中で群を抜いて、恋が多い(恋なのかオスの本能なのかは判じかねる)。
戦争の描写よりも愛欲の描写が多いのは、掲載誌が『薔薇族』だからだろうが、それにしてもこんなにモテる人がいるのか、戦時中だったから特殊的にモテたのか、謎が残る。
志野は運よく前線が地獄になる前に本土に帰る船に乗るが、関係を持った面々は戦地に残る。
作品の最期の一文に「――正一、死ぬなよ……。」という心の叫びがあるが、正一にとどまらず、志野上等兵と関係を持ったすべての部下が、志野を思いながら死んでいったとしたら、現実とはかくも惨い。生きて本土で再会した話が紡がれていないところに戦争の残酷さを思う。

 

軍隊ソドミアレコード

 

叶誠人氏が『軍隊と男色』の中で『奇譚クラブ』掲載の軍隊ソドミア記事を多く紹介したように、1950年代~1970年代の雑誌の中に、実に多くの軍隊ソドミア手記や読者投稿、小説などが描かれていることが分かった。
現在、それらの多くは、資料にアクセスするのが非常に困難で、時間の経過とともにごく限られた人の記憶以外からは消えていくものと思われる。
今回はそんな中から、少しではあるが、まだアクセス可能な軍隊ソドミアに関する記録(レコード)を書き留めておく。

■長野 光『薔薇族』38号より
「わが戦争体験1 素肌の信号訓練」
著者は、サーカス団出身で軍属(軍隊に所属する軍人(武官・兵)以外の者)として徴用された。サーカスの芸の仕込みが素裸だったので、M検(男性の生殖器露出検査)や尻検は平気だった。
対空監視員として訓練を受けるが、手旗とモールス信号を覚えられないとひどく折檻された。
信号訓練をこなした後、戦場に行くがやることは兵士と変わらない。ただ、軍属は古参軍属の精力のはけ口にされた。尺八やオカマされるものがいる中、サーカス団で夜の訓練を経験していたので、その点は大いに助かった。新米いじめは兵隊や軍属の世界が一番ひどいと締めくくっている。


■竹内幹行『薔薇族』39号より
「わが戦争体験2 露営の夜」
学徒出身の竹内は、初年兵の時、先輩兵士による新兵のいびりの後、自分を治療し、やさしくしてくれた安川上等兵に好意を持ち、愛人となる。
時が過ぎ伍長になった竹内。安川のいる部隊に復帰し、変わらず安川を慕い続ける。明日死ぬかわからぬ命と、好機があれば抱き合う二人。
しかし、ここは戦場。
竹内の背中で手榴弾が爆発する際、安川が竹内をかばい死亡。その後死に物狂いで戦い、鬼の伍長と呼ばれた竹内は生き残り、終戦を迎え、人並みに結婚し子供を作る。
しかし、竹内の青春はただ一度あの戦場の草枕に咲いて、そして散ってしまった。生命を賭けた恋だったが、それは短く儚いものであった。


■笹岡作治『薔薇族』40号より
「わが戦争体験3 海軍内務班」
「素肌の信号訓練」と同じく、兵役検査のM検や所属先の海軍での衛生兵による初年兵いびりがひどかったという内容。
他の著者の体験談が甘いものを含むのに対し、「素肌の信号訓練」と同作はやや辛辣である。

 

■村田研之介(『薔薇族』41号より)
「わが戦争体験4 最後のちぎり」
海軍にはバッタと呼ばれる兵士の尻の肉を腫れ上がらせ骨にひびを入れる品物があった。バッタを受けた筆者はその後戦闘機乗りになり、新しく入った兵たちに自分が受けた何倍もの数でバッタをお返しした。
初年兵から二年兵になるまでの間、6人にバッグを貫かれ、上官になったら自分の寝床へ下士官を呼び寄せ抱いた。
神風特別攻撃隊に志願したが、操縦技術を教える数少ない教官として選ばれなかった。
ある日、神風特別攻撃菊水隊に入りかつ、かつて関係した上飛曹がやってきて、最後の願いと筆者に抱かれることを望んだので、思い切り抱く。明日死ぬと決った若い勇士との最後のちぎりだからこそ悲しいまでにお互いに激しく燃え上がったという。


■江口良一(『薔薇族』42号より)
「わが戦争体験5 当番兵の記録」
川上一等兵大隊長の当番兵に命じられた。同年兵の話によると当番兵は炊事、洗濯、薪割りまでこなすお手伝いさんのようなものだという。
召集兵の川上は線が細く真面目で誠実、隠れて岩波文庫を愛読するような美青年だった。同じ隊の先輩は何かにつけて川上をいじめた。中には性的関係を迫ってくるものもいた。
当番兵として働く川上に隊長は次第に親しみを覚えるが、ここは軍隊。仕事ができていないときは、ビンタをせざるを得なかった。隊長が手荒く当たったことを後悔する一方、川上は隊長のビンタに性的快感を覚える。
次第に心寄せあう二人はついに同衾した。
そして川上はより献身的に隊長に尽くそうと思うようになる。
戦局厳しさを増す中、明日出陣という夜、大和魂だけでは勝ち目がないという隊長。そして「川上、お国のために一緒に死んでくれるか」と問うと、川上は「お国のためはもちろん、隊長殿のためにも喜んで」と応えた。
最後の夜、二人の愛は燃え盛った。
「川上、お前が好きだ」最後の夜になって聞く、隊長の最後の真実の言葉だった。
翌日から一、二か月米軍と交戦し、決死の突撃を開始する。隊長が銃弾を受け転倒するのを見たと思った時、川上は頭に激痛を覚え、気を失って倒れた。
川上が正気に戻ったのは2週間あまり先、米軍の捕虜収容所の病院だった。生き残ったのは川上と山口上等兵の二人だけで、他は全員壮烈な戦死を遂げていた。川上は隊長と一緒に死ねなかった身の不幸を嘆いて、何度か死のうとするができなかった。
終戦後、隊長との思い出を胸に、復員船上の川上は、流れ落ちる涙をぬぐおうとせず、ルソンの島をいつまでもながめていた。


■松尾 亮(『風俗草紙』第1巻第5号』)
「特集・囚獄の記録 男色榮倉」
松尾二等兵は加藤軍曹に呼び出され、何度か部屋に通ううちにソドミアの仲に。加藤の心に流されっぱなしの松尾だったが、ある日中隊長の巡察中、二人の関係が目撃されてしまう。
営内の風紀を乱したとして、松尾は3日間営倉行となった。
松尾が看房で「人間の暮らす処じゃない」と自分に云い聞かせていると、二つ離れた看房から松尾に「すまない」と許しを請う声が聞こえてきた。加藤もまた営倉行となっていたのだ。
軍が同性愛にそう寛容でもなかったことがわかる貴重な話である。


■平野斗史(『真相実話』第1巻第1号)
「軍服姿の男娼たち」
村井は中肉小肥り、女性のような肌を持っていた。もともとソドミアの気質を持っていたところ、上官に誘われソドミアの道へ入り、下士官ともソドミアの関係をつくっていた。
終戦後復員し妻帯するもソドミアが忘れられず、また会社勤めより男娼をするほうが稼ぎがいいことを知ると男娼となり、客を持つようになった。
なお、村井は筆者の暗示した解決方法によって、男娼の泥沼から足を洗い、普通の生活を送っているとのこと。


■太 政彦(『風俗奇譚』1965年7月号)
「戦友同士」
大場二等兵は自動車隊として民間工場に派遣されていた。そこで初年兵として訓練や教育にいそしんでいた。
ある日戦地への出発命令が下され、その要員に大場は選ばれる。と同時に一等兵になった。最後の送別のうたげの後、就寝しているはずなのに、体に快美が走る。夢うつつの中金田二等兵と隣り合って、頬がくっつきあっていることに気づく。快楽は金田からもたらされていた。
大場が声を上げようとすると金田が覆いかぶさってきて、「死ぬなよな。生きていろよ」と泣きながら告げる。軍人として言うべきことばではなかったが、ぼくとつで誠実な金田の口から聞くとは思わなかった。
金田に抱かれながら大場も泣いた。悲しくはないのに泣けた。ただ泣けた。
翌日、大場は戦地へと旅立つ。戦友たちの中に金田を見つけた。
大場は言う「先へ征くぞ。いつか、また合おう」。大場は思う。昨日のことは夢だったと。自分は兵隊で立派に死んでみせる。けれども、いい夢だった、と。
情緒を揺さぶる青春軍隊ソドミア小説。

【引用・参考文献】

『風俗奇譚』昭和35年11月号 文献資料刊行会
『風俗奇譚』昭和36年3月号  文献資料刊行会
『風俗奇譚』昭和36年5月号 文献資料刊行会
『風俗奇譚』昭和36年6月号 文献資料刊行会
『風俗奇譚』昭和36年7月号 文献資料刊行会
『風俗奇譚』昭和36年8月号 文献資料刊行会
『風俗奇譚』昭和36年8月増刊号 文献資料刊行会
『風俗奇譚』昭和36年9月号 文献資料刊行会
『風俗奇譚』昭和37年1・2月号 文献資料刊行会
『風俗奇譚』昭和40年7月号 文献資料刊行会
薔薇族』34号(1975年11月号) 第二書房
薔薇族』37号(1976年2月号) 第二書房
薔薇族』38号(1976年3月号) 第二書房
薔薇族』39号(1976年4月号) 第二書房
薔薇族』40号(1976年5月号) 第二書房
薔薇族』41号(1976年6月号) 第二書房
薔薇族』42号(1976年7月号) 第二書房
薔薇族』48号(1977年1月号) 第二書房
薔薇族』49号(1977年2月号) 第二書房
『風俗草紙』第1巻第5号(1953年8月)日本特集出版社
『真相実話』第1巻第1号(1949年5月)真相実話社
『さぶ 1991年2月号』サン出版

(大体は国立国会図書館で複写可能)