メガネの備忘録

文豪の人間関係にときめいたり、男色文化を調べたり、古典の美少年を探したりまったりワーク。あくまで素人が備忘録で運用してるブログなので、独断と偏見に満ちており、読んだ人と解釈などが異なると責任持てませんので、転載はご遠慮ください

季刊男色「近代男色小説選」

まえがき


2022年。近代男色文学、もしくは近代少年愛文学が好きな人間にとって画期的な文庫が出た年であった。中公文庫から刊行された『給仕の室-日本近代プレBL短篇選』によって、今まで読むことが困難だった男色小説(中公文庫の言葉を借りるなら近代プレBL)に気軽にアクセスできるようになったのだ。そればかりではない。季刊男色で以前取り上げた綿貫六助の発禁雑誌に掲載された作品群が次々とKindleで刊行され、うれしい悲鳴を上げることに。200円払えば綿貫作品が気軽に読める時代がやってくるなんて!
そんな空気に即発されて、もっと近代文学に男色作品があるのではと編んだのがこの本。主にツイッター(現X)のフォロウィー様のご紹介や、カストリ雑誌岩田準一氏の『男色文献書誌』に掲載のあった作品たちを独断と偏見に満ちたあらすじでお届けします。
紹介した作品たちがいつか陽の目を見るように。ある種の祈りのような記録です。
メガネ

 


福島次郎「淫月」

 

熊本のひなびた温泉地で中年のがっしりした男の裸ばかり触ろうとする曲者がいた。ただし誰も正体を知らない。ある日、息子を襲う曲者に爺が鎌で切りかかり、傷を負わせるが逃がしてしまう。爺いわく、あれは人間ではない。誰もそれを本気にしなかった。
話が変わり、さかのぼること15年前。島永雅也は伯父を探しにゲイバーに行き、そのままそこにいついてしまう。なかなか良縁に恵まれなかったが、菱田という老紳士と出会い、同棲する。
菱田の趣味に絵があり、阿木野という銅版画家がお気に入りだった。阿木野が上京すると、菱田は雅也を連れて東京へ行き、阿木野に会いに行った。
阿木野は不遇の中で画才を開花させた人だった。熊本から上京するが、東京より熊本の水が合うと、わざわざ花の都から熊本に戻り、山奥に家を借り、そこをアトリエとした。
ほどなく、近くの温泉地で漁師や船員といった筋骨のがっしりした中年男を捕まえては酒や肴を代償に、絵のモデルにした。阿木野と絵のモデルたちはある種の蜜月を過ごしていたが、妻を亡くしたある男が阿木野の元を去ることになり、阿木野の心の奥底にある、男の体に触れたいという願いを叶えてしまった。
それ以降、阿木野はモデルたちの体に触れるようになり、それを気味悪がってモデルたちは一人二人去り、男だけの楽園は終わりを告げた。
ほどなく、阿木野邸が火災にあい、絵は燃え、阿木野の遺体も見つからず、阿木野は生死不明となってしまう。
一方、病に伏してしまった菱田の元に元妻らが集い、雅也は追い出され、阿木野邸火災の3か月後、菱田も逝き、一人ぼっちになる。取り残された雅也はまたゲイバーに顔を出すようになった。
ゲイバーで、温泉地の曲者が話題になる。阿木野邸が温泉地の裏手だったことから阿木野がその曲者ではないかと言い出すものもいた。
雅也は生前菱田が気にしていた、阿木野の絵を求めて、阿木野の家の跡地を訪れる。そこで、菱田への想いに浸っていたが、ふと首にケガを負った牡猫を見つける。まるで鎌か何かで斬られたような傷のある猫。ふいに、阿木野の妄執が異形となったのではないかという想念に駆られ、それから逃げるように雅也はその場を後にする。
中年の男ばかりを襲う曲者~画家の下りで、平成の綿貫六助かと2度見した作品。 

 

宇野鴻一郎「肉蓮華」

醍醐寺に出向く用があったわたくしは、宿近くの池のほとりで酒の酔を冷ます間、影の薄い男に出会った。男は醍醐寺にある稚児の草紙を話題にし、別本の話だと、稚児と下男の話を聞かせる。
寺の下男・中太は、自分の母が乳母をした紫宰相という、13、4歳の稚児の世話係になる。紫宰相は見目麗しく、素行もよく、学問にも秀で、高齢な阿闍梨自らによる稚児灌頂を受けることとなった。
中太は紫宰相を可愛くいとおしく感じていた。
灌頂の準備の夜の加行で、十七日間、中太は紫宰相の法性花を香油を浸した指で広げようとするがなかなか上手くいかない。いとおしさ、哀れさで胸がつぶれる思いをする中太の指を紫宰相は何とか受け入れ、快楽を感じるようにまでなる。
そして稚児灌頂の儀式で紫丸と名付けられた紫宰相は、夜の儀式で阿闍梨の無明火を受け入れようとするが失敗する。中太は阿闍梨に嫉妬し失敗を喜んだが、紫丸は筆と張り型を中太に用意させ、自らの法性花を花開かせる弛まぬ努力をした。紫丸が伽に行く間、中太は耐えかねてわが手でわが身を汚したのだった。その後も努力をつづめる紫丸。中太は自身の妻よりも紫丸に欲情するようになっていた。
半月後、紫丸は阿闍梨の無明火を受け入れることができた。その晩、紫丸の燃えるような八葉蓮華を中太は、舌で拭った。紫丸は自分は眠いので中太に何をされても気づかぬという。中太の奉仕と恋心を哀れと思って、この貴い稚児は卑しい下人にも上人に施したのと同じ菩薩行を施す決心をしていると中太は気づき、寝てしまった紫丸の白い二つの丘を伏し拝んで、中太は己の下帯を外しにかかった。

不思議な話を聞かされたわたくしは次の日醍醐寺で稚児の草紙を見る。そして驚く。昨夜池のほとりで物語をして消え失せた男こそ、絵草紙の中に生々と特徴を掴んで描かれている中太自身に、まぎれもなかったのだ、と。 

 

三島由紀夫「愛の処刑」

一軒家に一人住む、独身の体育教師・大友信二は消沈していた。反抗的な態度をとった生徒・田所を雨の中、外に立たせ、結果、田所が肺炎を引き起こし、死んでしまったからだ。
気落ちしている所に、大友が恋していた、学校の生徒・今林(美少年)が訪ねて来る。
大友はその来訪を喜んだが、今林は大友に田所の死の責任をどうするつもりかと問い詰める。今林は、畳みかけるように大友に死んだ田所と同じ格好で切腹自殺を求め、大友はそれにあっさりと了承。
切腹に至るための禊などを経て、大友は切腹する。切腹時、今林は田所云々が切腹させた理由ではなく、自分が大友のことが好きで、切腹する大友が見たかった、愛していたと告白。大友はその言葉を喜びながら果てる。
なお、大友はあっさり死ぬわけではなく(介錯がないだけに)、今林に苦しむ姿をさんざん見られたと推測される。
なお、今林は大友の死を見届けた後、青酸カリで自殺する算段だった。


この作品は1960年(昭和35年)10月、ギリシャ研究・男性同性愛の会「アドニス会」の機関誌『ADONIS』の別冊『APOLLO(アポロ)』5号に掲載され、長らく三島の変名では? とささやかれていた作品。
実際三島の作品で、死後三島の作と認定され、『決定版 三島由紀夫全集 補巻 補遺・索引』(新潮社、2005年)に収録されている。また、雑誌『薔薇族』に何度か掲載されている。
最初に掲載された『APOLLO(アポロ)』の挿絵は三島剛。その表紙絵は、『彷書月刊2006年3月号 特集アドニスの杯』で見ることができる(三島氏の描く少年は珍しい)。
薔薇族』の伊藤文學氏プロデュースで映画化もしている(ジャンルはポルノ)。


今日出海「男色鑑」

大体の生徒が文芸部音楽部の文弱派、柔剣道競技部の蛮カラ派に分かれる中、どちらにも属さない中立派に牧有人という、眼の大きい、おかっぱ頭の、誰とも付き合わない生徒がいた。
寄宿寮では決して風呂に入らなかったため、半陰陽と噂されていた。茶話会で隠し芸を披露するとき、女装し梅蘭芳に扮した牧は、美しく、彼に一瞬惑う生徒も出た。

牧を断髪するいたずら事件から「私」は牧と親しくなり、語学で秀才な牧に勉強を教わるようになっていた。
牧は、出戻り女中に童貞を盗まれ、精神的にも肉体的にも女を軽蔑するようになっていたが言葉遣いは女じみており、懐中鏡を取り出して脂とりの白粉紙で顔の脂をぬぐうなど、おおよそ高等学校の生徒とは異なる趣味を平気で見せていた。
夏に鎌倉の海で牧に出会うと、彼はフランス人の男爵と一緒にいた。また、青年男女と遊び惚ける「私」に対して、素晴らしい男性に囲まれていると羨んできた。
神経衰弱を理由に、二学期は学校にいけないと、牧は言う。
牧は学校に来なくなり、秋ごろ、「私」は牧が夏に一緒にいたフランス人の男爵が50近い年齢の男色家で、九州で若い漁師と暮らしていること、夏に出会った青年(たぶん牧であろう)が九州まで男爵を追いかけていき、漁師の青年と三角関係となり、新聞沙汰になったことを知る。
高等学校卒業後、学友たちと疎遠になり、新聞社に入った「私」はフランスに行くことになった。
そのフランスの地で紹介されたカフェに行くと、そこで黒い髪をおかっぱにし、真珠の首輪をした牧と再会する。
身を持ち崩した淫売婦のような彼は、どす黒い唇、暗紫色の爪、目の周りの隈、輝きを失い濁った眼をしており、彼は肺をやられてもう生きられない、でも、ここで死にたくない、日本で死にたいと告げた。


八木義徳「青頭巾」

当初は匿名小説。
裁判の席で、被告・笠間一彦は、広田邦夫を殺害しようとした動機として、上田秋成雨月物語の中の「青頭巾」をあげる。
有徳の僧が稚児を得て、愛欲に囚われ、稚児が病で死んだ後も稚児の死体を傍において、腐り爛れる死体の肉を惜しんで食み、人肉の味を知った僧は人を食う鬼となった。ある日大徳の僧に出会い、経歌を与えられ、一年間それを唱え続けた。大徳の僧と一年後再会し、大徳の僧の手で滅ぶと、後には頭にかぶっていた青頭巾と骨だけが残った。という話である。
笠間一彦は一人の少年とその祖父母を殺し、母に傷を負わせ、犯跡隠ぺいのために放火した、殺人同未遂、および放火罪、を犯した。
なぜ、そのような犯行に至ったのか。
一彦は医者の父と愛人で芸妓だった母の間に生まれた。本妻が死んだ後、父と母は入籍したが、小学5年の時に父が病没。遺言にそって、父が運営していた医院は伯父の手に渡り、一彦が将来医者となり一本立ちしたら医院を返還するという条件付きで、母子は伯父に資金援助を受けることになった。
成績優秀な一彦の趣味は機械いじりで、形あるものをバラバラに解体し、元に復元することに異常な興味を示した。
高校生になったころ、一彦は無性に弟が欲しくなる。そして、弟にしたいと運命を感じた中学生の少年・広田邦夫と仲良くなり、性的な興奮を覚える。
しかし邦夫は父が死に、田舎へと行ってしまう。一彦は邦夫の居場所を突き止めあいに行く。会いに行って、一彦は、何も言わずに田舎へ行った邦夫が自分のことを嫌いになった、邦夫に裏切られたと感じる。
その頃、勉強に身が入らなくなっていた一彦は、伯父が父の遺言を無視して、自分の息子に医院を継がせたいと思っていること、それゆえ、伯父からの資金援助が少なくなっていること、なおかつ、下宿している医大生が母と内通していることなどを次々知り、邦夫の裏切り、伯父の裏切り、母の裏切り、と見放された世界に到達してしまう。
そしてすべての憎悪が伯父にも母にも向かわず、邦夫に向かった。彼はいつかみたホルマリン漬けの屍体と「青頭巾」の物語に執着した。
大学進学のための受験勉強は、広田邦夫殺害計画に変わり、邦夫一人を殺せないと判断してからは「広田一家鏖殺計画」に変わった。探偵小説からヒントを得て、決行の直後、放火することにした。
気分は青頭巾の僧の気持ちだった。幻影のなかの邦夫は美しい稚児となった。
一彦は、犯行に及ぶため、「広田邦夫殺害ニ関スル決意事項書類」、「広田邦夫殺害想像ト計画書類」「広田一家鏖殺計画書類」「同右想像図」、短刀、出刃包丁、邦夫の死に顔を写す写真機、邦夫の屍体から肉をはぎ取るためのメスとハサミ、邦夫の血液を採取するための薬莢壜、そしてはぎ取った肉を包むための竹の皮、さらに邦夫のための原稿用紙53枚にわたる「追想録」を一つの荷物にまとめて、家を出た。 

橘外男「男色物語」

橘外男の自伝的小説。
2年落第した中学生の橘少年は、同級(といっても二歳年下)の、後に偉い政治学者になる獵山忠道少年(愛称・タダミちゃん)を稚児にしようと(男色関係になろうと)、夜に外に呼び出して話す事もないのに会話を続けようとしたり、風吹きすさぶ川原に呼び出してオカマしようとして失敗。さらには獵山少年に本を共同購入しようと嘘の話を持ち掛け、金銭をせしめたことで(このお金は後で親が返金する)二人は絶縁状態に。
獵山少年とは冷え切るが、下級生から稚児を数人抱えた橘少年は稚児ライフを満喫していた。
特に橘少年の従姉と恋仲になりたくて彼の稚児になった「シイやん」が発端で橘家が騒動に巻き込まれる辺りは爆笑である。
その後、橘少年は北海道の叔父の家に預けられ、稚児ライフは終了する。
全編にわたりユーモアがあふれる作品で、内容もさることながら、その読むだけで笑ってしまう文体が近代文学に見られるほかの男色小説とは一線を画しており、とても楽しく読める。
なお、橘と獵山はその後、大人になってから再会し、なおかつ対談も行ったことがあるらしい。大人になった二人の間でどんな話が交わされたのだろうか。 

石西武雄「ノガミ物語」

主人公・草間はソドミア(男色)で、ソドミアを開花させた大学の先輩・佐山と恋仲になるが、佐山は戦死する。
戦後、上野をさまよう草間は、警察官・宮木に補導されるが、画家志望で樺島画伯を訪ねたいと告白すると一夜の安全な宿を紹介される。その後も何かと宮木は便宜を図ってくれる。宮木は佐山を彷彿とさせた。
画家の家に住み込みで入るが、画家の妻にオカマ扱いされ、居づらくなった草間は画家の家を出て、新聞売りを始める。
奇怪な仲間と共同生活をしながら新聞を売る草間は、田舎から会いに来た兄と絶縁状態に。
少し仕事が軌道に乗り始めたころ、戦時中同じ工場で働いたソドミア同志で同じ画家志望だった白石を更生させるために、一緒に新聞売りの仕事をするが、白石は失踪する。
何かと気にかけてくれている宮木は草間と義兄弟だというほど親密になるが、警察をやめ、タクシードライバーになり、結婚する。結婚後も草間と付き合おうとするが、草間のせいで(オカマと付き合っていると噂されたため)警察官を辞めなければならなかったと、宮木の妻が草間を遠ざけた。
草間はある日、春日という自由人に出会う。一緒に新聞売りをし、共にソドミアであることがわかり、体を交わす。この春日にも草間は佐山の面影を見る。
幸せな日々は長く続かず、草間は結核となる。療養しながら新聞売りを春日としていたが、春日がソドミアであることがばれ、クビになってしまう。
春日は故郷に帰り、草間は一人になり、草間もまたソドミアと結核が理由で新聞売りをクビになる。
頼るものもいない草間は上野駅から春日の故郷那須を目指して羽生に行くことを決意し、上野に別れを告げた。 


犬養健「雲」

大学の文科の学生が集って「雲」という同人誌をつくっていた。仲間のうち、井出だけが原稿を出せずにいると、井出の友人が書きかけの小説があるはずだという。それは、彼がいた寄宿学校についてのものだった。
井出は八年制の寄宿学校に在籍、そこでは同性愛の風潮があった。彼が中学3年の5月、見慣れぬ下級生を見つけ、その美少年に惹かれた。美少年は木無瀬といい、公卿出の或る伯爵の弟で、中学1年の殿下の御学友に選ばれ、寄宿学校に入学してきた。
重松という生徒が何かと井出と木無瀬を結び付けようとし、事実二人は近づいて行った。夜の森での接吻、修学旅行先で感じた嫉妬、旅行後、木無瀬にたくさん届く上級生からの手紙(恋文?)とそれを吹聴する重松への不快感、二人をくっつけようとした重松こそが木無瀬に執着していたこと。木無瀬の美貌がそろそろ失せてほしいという願い。
原稿にはそんなことが書かれていた。
井出の小説が載った「雲」が発行され、実に四年ぶりに寄宿学校へ行くことになった井出は、同級の山田が同人誌「雲」を読んだこと、木無瀬もまた読んだことを知らされた。
そして、木無瀬と再会。木無瀬が養子に行くことなどを聞く。
井出は木無瀬から解き放たれたと感じたが、同時に友達同志の畸形な反自然的な情熱のなかで、それに幼稚な理屈をつけて、出来るだけ明るく緊張した、出来るだけ高く調和のとれた形にまで引き上げようと努力した、あの笑ってやりたいような愚かさを思い出していた。泣きそうだった。
犬養の学習院時代の経験に基づく小説。

 

犬養健「一つの時代」

飯村は学校で、気に食わない教師に反感を持ち、下級生の歎願を発端に警察沙汰の悪戯をし、寄宿舎から家に帰され、自宅謹慎になった。
生徒の先頭に立ち、教師に反感していた飯村だったがそれは本心ではなく、本当は一人でいたかった。
謹慎が解け、寄宿舎に戻ると、飯村は以前庇った下級生のYと図書館で毎日一緒に過ごすようになった。Yと一緒に勉強し良い成績を収めた。彼は自分がしたいことをしていると思うようになった。


森鴎外「青年」

主人公・純一はY県から上京し、当時流行した文学にかぶれ、自身もそうした作家になりたいと考えていた。幸い実家が裕福で、生活には困っていなかったが、作家になりたいと言いながら書くのは日記ぐらいで、後は友人に誘われ、サロンに行ったり、そこで出会った大村という医大生と散歩したり、フランス文学を読んだり、といった日々を過ごす。
純一は下宿先の大家の知り合いの娘・お雪や劇場で出会った同郷の未亡人、芸者などの女性とかかわるようになる。
この記事では、男色の観点から作品を読むので、女性とどうなったかは割愛する(別にどうもならないが)。
前述の医大生・大村は今までは年上のものとばかり絡んでいたが、純一と出会ってからは何かと純一を構い、純一と談話を交わし、一緒にいろんな場所へ出かけるようになる。
大村の心の声が恋する人なので引用する。


純一の笑顔を見るたびに、なんというかわいい目つきをする男だろうと、大村は思う。それと同時に、この時ふと同性の愛ということが頭に浮んだ。人の心には底の知れない暗黒の堺がある。 ふだん一段自分より上のものにばかり交わるのを喜んでいる自分が、ふいとこの青年にあってから、よその交わりをうとんじて、ここへばかり来る。 ふだん講釈めいた談話をもっともきらって、そういう談話の聞き手を求めることはいさぎよしとしない自分が、この青年のためには饒舌して忌むことを知らない。自分は homosexuel [同性愛的〕ではないつもりだが、尋常の人間にも、心のどこかにそんな萌芽が潜んでいるのではあるまいかということが、ちょっと頭に浮んだ。

 

萌芽どころか完全に好きだろう、大村。
純一も大村を憎からず思っているが、同じベクトルの気持ちではなさそうなので切ない片思いだと思われる。
なお、都甲幸治「森鴎外『青年』――鴎外と性の揺らぎ」『「街小説」読みくらべ』(立東舎 2020年)によれば、Y県は山口県で、大村のモデルは「船室の夜」で同性愛小説を書いた、木下杢太郎だそうである。深い。 


丹羽文雄「青草」

田舎の中学に進学した百樹は体育の選択で剣道か柔道か迷っていたが、柔道を選ぶ。柔道の授業の時に四年生が百樹を話題にしているらしく、殴られるのではないかと百樹は気が気でなかった。いつも百樹を見ている上級生がおり、その上級生の呼び出しに、殴られるかと思ったが、呼び出した戸田は百樹に僕と交際してほしい、僕とだけ仲よくしてほしいと告げる。
百樹は了承する。
百樹は戸田と二人きりで出かけたり、戸田の家に遊びに行ったりした。戸田は未成年の癖に煙草を吸っていて、煙草くさい口とはどんなものか戸田によって教えられた。
試験で戸田より順位が悪いと百樹は身に堪えた。顔にぶつぶつができた時、戸田に美顔水を勧められ、そんなことを言う戸田は嫌だった。
ある日、百樹は剣道部の四年生・菅に戸田と付き合うなと脅される。それがきっかけで百樹が戸田を避けるようになると戸田の友人の高野が戸田にあってほしいと百樹に会いに来る。百樹が菅に脅されていることがわかると、戸田が話をつけてくれることになった。
高野が「僕がたのむから、戸田をがっかりさせないでくれよ。たのむ――」と囁くと、戸田が百樹の傍に来ていて、今まで戸田を避けていた百樹だったが、戸田の頭に目を据えることができた。言葉をかけてくる戸田に、百樹もやっぱりこの人と絶交するのはいやだと思う。全編甘酸っぱく、読んでいてドキドキしてしまう。

掲載誌の「令女界」はWikipediaによると「大正から昭和期、学校高学年から20歳前後の未婚女性を主な読者対象としていた。」雑誌で、そこに男子中学校で繰り広げられる同性愛の物語がしれッと載っているのに驚いた。当時の女性たちの感想がとても気になる作品。 


中村星湖「少年行」

山梨を舞台にしたボーイミーツボーイ小説。
村の小学校に複雑な家庭環境の訳あり少年、宮川牧夫が転校してきた。
裕福だけれども、実父を亡くし、母は酒浸りで伯母に預けられた牧夫と、貧しいけれど家族愛に満ちた奈良原武。
学問ができ、行儀もよく、色も白くて、衣服もさっぱりしている牧夫を、武はどんな理由もなくただ好きになった。珍しい本を持ち、絵を描くことが上手な牧夫と交流を持ち、仲良くなる武。楽しい日々を過ごす二人だったが、数年後、武が東京の伯父の所に遊びに行っている間に、牧夫は実家に帰ってしまう。
次に再会したとき、牧夫の中学校の制服姿を羨んだ武は何とか親を説得し、一年遅れで牧夫と同じ中学校へ入学した。牧夫は成績優秀で一目置かれていた。
中学に入ってから武は牧夫と次第に疎遠になる。
武が三年、牧夫が四年の時、牧夫が病で学校を休んだ。復学した牧夫と武は同学年になり、一緒の下宿に住むようになる。ある日、武は友人から牧夫が武を怨んでいることを聞く。武が学年首席をとるのが気に食わないらしい。その頃の牧夫は、好きな絵も描かず、寝る間も惜しんで勉学に打ち込んでいた。
五年になった時、牧夫の描いた日本画が展覧会で褒め称された。それを契機に二人の交流が再開するが長く続かず、武の目の前で倒れた牧夫は、病院へ運ばれた。村に帰った牧夫からは何通かの手紙を受け取る。最後の手紙には一家で東京へ移る旨が書かれていた。
武が中学を卒業して家に帰ると、牧夫が精神病院へ入院したことを知る。武は牧夫に会いに行くが、その姿を見るだけで、声をかけることができなかった。 

山本禾太郎「龍吐水の箱」

刑務所の中で生まれた行き所の愛が憎悪を生んだ話。
掏摸で捕まり、刑務所に入った久山秀吉は、隣の房に入った新入りの強盗傷人犯の容姿(首筋の白い、スラリとした、引けながの眉、黒水晶のような目、彫り物のような鼻、そして非常に惹きつけられたのは牡丹のような唇)に心を奪われる。
美しい唇が満足な食事を与えられず黒ずむことがないように、秀吉は仕事に励み食事を得て、それを手ぬぐいに包んでは隣の房へ差し入れていた。そして手ぬぐいが帰ってくると彼の唇が触れた部分を舐めたのだった。
強盗傷人犯は実は俳優で、旅先で難に合い、座が解散し、旅費がなく飢えも手伝って、空き巣に入った家で、家人に見つかって捕まっただけの事犯で、おとなしかったので、看守らにも親切にされていた。
裁縫工場で仕事をすることになったある日、工場担当の田中看守の夏服を彼が作ることになった。嫉妬にかられた秀吉は彼が作った服を田中看守から奪うと、力任せに引き破ってしまう。
結果独房に入ることになった秀吉は彼の事を想うが会うことは叶わず、彼と会えなくなった原因の田中看守に恨みを抱き、陥れようとする。
当時田中看守は妻の弟が車で人を轢き、罰金300円を支払わなければならなかったが、せっかく作ったお金を妻が電車の中で掏られてしまう。
お金に困っていた田中看守に、秀吉は天神さんの龍吐水(消火道具)の箱に昔入れた紙金600円を回収してほしい、回収してくれたら300円渡す、と嘘の依頼をする。無い金をとられたと訴えるつもりだったが、龍吐水の箱の中には本当に600円あり、300円が秀吉の手元にやってくる。その頃には秀吉の彼への愛はすっかり冷めていた。
秀吉は本の中に300円を隠して出所するが、その本は掏られてしまう。
実は、秀吉が田中看守を陥れる計画を隣の房で聞いていたコハゼの萬吉が田中看守に同情し、放免になったときに龍吐水の箱に600円入れておいたのだった。そのうち300円は田中看守の奥さんが掏られた300円で、田中看守の手に戻り、残りの秀吉の手にあった300円を萬吉が取り戻しただけのことだった。


濱尾四郎「悪魔の弟子」

地方裁判所検事土田八郎に一通の手紙が届く。
差出人は一未決囚たる島浦英三で、彼は学生時代土田の恋人だった。島浦は土田から外国の探偵小説から犯罪や睡眠薬の知識などを得た。土田の博識さに影響を受け、島浦は土田を魂を地獄に堕とす悪魔だと言い、自分はその悪魔の弟子になったと綴る。
土田に新しい子に人ができ、別れた島浦は、すゑ子という女生徒と恋に落ちる。が、すゑ子が他人と結婚することになり、二人の関係は終わりを告げた。
それから八年経ち、島浦が摂取する睡眠薬の分量が大幅に増える。
島浦は場末のカフェーに勤めていた露子と結婚するが、次第に露子に不満を持ち始め、肉体的精神的虐待を露子に施すが、露子は貞淑で従順なままだった。ある日、未亡人になったすゑ子と再会した島浦は、すゑ子に対する愛が燃え上がり、露子を亡きものにしようと、睡眠薬を与えるが、睡眠薬の知識を薬局で得ていた露子は致死量を摂取せず、代わりに何も知らなかったすゑ子が眠れないからと島浦と同量の睡眠薬を摂取し死亡。その現場に駆け付けた時、すゑ子が殺されたと叫んだことにより、警察にマークされる。島浦は絶望し、すゑ子を殺したのが自分であるかのように捉えられる遺書を残して服薬自殺を試みるも失敗。そのまま警察に連行され、正気に戻って、土田に事の顛末の手紙をしたためたのだった。
すゑ子を殺そうとしていないこと、露子を殺そうとしたことを友情の名において呼び掛け、信じてくださいと手紙は結ばれていた。 

 

三島章道 「よかちごの死」

村田は浮かれていた。「互集」(若者たちの集会)に向かう道で、気にしていた十二三の美少年(よかちご)・伊集院と合流したからだ。村田は「互集」で伊集院にいいところを見せようとするが、伊集院は病気で休んだ西郷という年長者(伊集院の想い人)のことばかりを気にしていた。
「互集」では皆の前でいたずらを密告され、つるし上げに合う(密告されたものは尻をつねられる)一幕もあった。伊集院も密告に合い、村田は助けようとするが、イライラしていた伊集院が罪を認めたため、助けることが叶わず、むしろ世話役として伊集院の尻をつねり、そのことに快楽を覚えていた。
西郷がいればこんなことにならなかったのにと、伊集院の不満が募る。
村田は「互集」の帰り道、伊集院を追いかけていく。村田が何かしたり言うほど、伊集院の機嫌は悪くなり、とうとう伊集院は村田を辱める言葉をかけ、二人は真剣を抜いた喧嘩をし、伊集院は切り伏せられ死ぬ。
喧嘩の勝者は切腹しなければならない。帰宅した村田は家族に喧嘩をしたことを告げ、切腹の準備をしていた。話を聞きつけた西郷がやってきて、なぜ伊集院を殺したのかと問うてくる。村田は家族にも言えなかった伊集院への想いを西郷に告げ、介錯を西郷に頼むのだった。 

 

近藤経一「脊木戸十四雄」

中学に入学した自分は、美しい人を見かける。ボール遊びで親しくなり、彼が脊木戸十四雄という名であることを知る。彼と親しくなりたいと願うが、なかなかその機会はない。彼が上級生に手紙をもらったり、自分の級友と仲良くなっているのを知って嫉妬を覚える。
2年になり、同じクラスになると彼の気を引こうとあの手この手で奮闘するが、その結果授業に集中できなくなり、成績が落ち、そのことが親にばれ、勉強についていけないならと学校を転校させられる。
転校しても脊木戸のことが忘れられず、新しい学校に何となくなじめない。また、訳アリと思われたため、クラスで孤立する。
ある日、祭りに足を運ぶと元・級友と脊木戸がいた。まくしたてるように話しかけると、冷淡な態度をとられ逃げられてしまう。
体育祭の日、ひっそり脊木戸を見に行く。それが自分の見た脊木戸の最後の姿だった。
その日に見た脊木戸の姿は今でも自分の目にみえる、そしてそれは今日迄の自分が彼を見た事の最後であつた。自分はそれが永久の最後であればいいと思つて居る。自分は彼をいつまでもその時の彼としておきたい、自分は顔に髯の生えた彼を見たくない、背廣をきてステツキなどついて歩いて居る彼を想ひたくない、いつまでも脊木戸といへば若い日の彼が自分の目に浮ぶ様にしたい。自分は彼をいつまでも自分の幼いの若芽の對照の美しい幻としてのみ見たい、それ故自分はもう彼に會ひたくない。
主人公に美少年の愛が一向に向かない、重すぎる片思い。取るに足りないその他大勢の報われない愛をしなやかな文章でつづった作品。 


【参考文献】
福島次郎『淫月』宝島社 2005
宇野鴻一郎『お菓子の家の魔女』講談社 1970(Amazon Kindleで電子書籍確認)
三島由紀夫『決定版 三島由紀夫全集〈補巻〉補遺・索引』新潮社 2005
今日出海天皇の帽子』 中公文庫 1981
八木義徳八木義徳全集  6』福武書店 1990
石西武雄『ノガミ物語』東京出版センター 1963
犬養健「雲」『女性』プラトン社 1924年4月号・6月号
犬養健「一つの時代」『白樺』洛陽堂 1917年11月号
森鴎外『青年』岩波文庫 2017
都甲幸治『「街小説」読みくらべ』立東舎 2020
丹羽文雄「青草」『令女界』宝文館 1938年6月号 
中村星湖『少年行』新潮社 1918
山本禾太郎「龍吐水の箱」『新青年』博友社 1929年3月号
濱尾四郎「悪魔の弟子」『新青年』博友社 1929年4月号
三島章道 「よかちごの死」「人間」4(1)人間社出版部 1922(Amazon Kindleで電子書籍確認)
近藤経一『播かれたる種』洛陽堂 1917
岩田準一『男色文献書誌』伊勢印刷工業株式会社 1973


※入手した本以外の、資料の複写は、国立国会図書館日本近代文学館、神奈川県立文学館にて行った。参考になれば幸いです。

「肉蓮華」をおすすめいただきましたntan様、「淫月」をおすすめいただきました、りこりす様、この場を借りてお礼申し上げます。